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岡山地方裁判所 昭和36年(ワ)372号 判決

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告代理人は「一、被告小野は別紙目録表示の土地並びに建物第二につき昭和三五年八月八日岡山地方法務局受付第一四四〇六号をもつてなした所有権移転登記の、同目録表示の建物第一につき昭和三六年八月三日同法務局受付第一五一二七号をもつてなした所有権移転登記の各抹消登記手続をせよ。二、被告長尾は原告に対し別紙目録表示の建物第二を明渡せ。三、訴訟費用は被告らの負担とする」との判決並びに第二、三項につき仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一、被告小野は債権者訴外岡山労働金庫、債務者兼所有者原告間の岡山地方裁判所昭和三三年(ケ)第八二号不動産競売申立事件において、別紙目録表示の土地並びに建物第二につき昭和三五年三月一一日、同目録表示の建物第一につき同年一一月一八日それぞれ各不動産を競落し、請求の趣旨記載のとおり、その所有権移転登記を完了した。

二、ところが前記競売事件は訴外労働金庫が原告所有の本件不動産に設定した抵当権実行のためになされたものであり、この抵当権は同労働金庫が昭和三〇年一〇月二〇日労働金庫法第一一条所定の会員に非らざる原告に金六〇万円を貸付け、右貸金債権を担保するために、同日本件不動産に対して設定した貸付元本極度額金六〇万円、利息日歩四銭九厘、遅延損害金日歩七銭とする内容の根抵当権設定契約によるものであるところ、右の消費貸借は同法第五八条に定められた労働金庫の目的外貸付行為であるから訴外労働金庫の行為としては無効であり、従つて前記抵当権は被担保債権の存在しない無効なものというべきである。

三、そうすると右無効な抵当権に基き本件不動産を競落した被告小野は右競落によつて本件不動産の所有権を取得するに由なく真の所有者である原告に対し本件不動産の前記所有権移転登記の抹消登記手続をなすべき義務がある。

四、被告長尾は原告に対抗し得る権原なくして別紙目録表示の建物第二を不法に占有しているから原告に対し右建物を明渡すべき義務がある。

五、よつて原告は被告らに対し請求の趣旨記載のとおりの履行を求めるため本訴に及ぶ

と陳述し、

被告長尾の抗弁に対し同被告が相被告小野から当該建物を賃借使用していることは認めるも、その他の事実は否認する。

と述べた。

(立証省略)

被告小野代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として

一項は認める。

二項中本件競売事件が訴外労働金庫の原告に対して有する抵当権実行のためになされたものであること、訴外労働金庫が原告主張の日原告所有の本件不動産につきその主張のような内容の根抵当権を設定したことは認めるも、その他の事実は否認する。右根抵当権は訴外労働金庫が昭和三〇年一〇月二〇日労働金庫法第一一条第一号所定の会員であつて、かつ原告が組合長をしている訴外「池田洋服店従業員組合」に貸付けた金六〇万円を被担保債権とするものであり、右貸付は労働金庫の目的の範囲内の行為であるから有効であり、右抵当権も有効である。

而して被告小野は右抵当権実行に基く競落によつて本件不動産の所有権を有効に取得しその登記をなしたものであるから原告のこれが抹消登記手続請求に応ずることができない

と述べた。

(立証省略)

被告長尾は主文同旨の判決を求め答弁として

一項は認める。

二、三項は不知

四項中被告長尾が別紙目録表示の建物第二を占有していることは認める。

抗弁として被告長尾は相被告小野から右建物を賃借占有しているものであり、右小野が該建物の所有権を有するものであることは同人の答弁のとおりである

と陳述し、甲号各証の成立を認めた。

理由

一、被告小野が債権者訴外岡山労働金庫、債務者兼所有者原告間の岡山地方裁判所昭和三三年(ケ)第八二号不動産競売事件において、別紙目録表示の各不動産を原告主張の各日時に競落し、請求の趣旨記載のとおりその所有権移転登記を完了したこと、前記競売事件は訴外労働金庫が原告所有の前記不動産に設定した抵当権実行のためになされたものであり、その抵当権の内容は被担保債権の債務者の点を除き、原告主張のとおりのものであることはいずれも当事者間に争いがない。

二、そこで右抵当権の被担保債権たる貸金六〇万円の債務者が原告であるか、それとも被告小野の主張する「池田洋服店従業員組合」であるかを検討してみよう。

いずれも成立に争いのない甲第四号証(乙第四号証と同一)同第六号証、乙第一ないし第五号証、同第六号証の一に、証人馬場亨の証言、原告本人尋問の結果と弁論の全趣旨を綜合すれば訴外労働金庫(岡山市西中山下二四番地所在)はもと岡山県勤労者信用組合と称し、昭和二八年組織変更して岡山労働金庫と改称し、労働金庫法に基き設定された法人であり、原告は岡山市上西川町七三番地で訴外前田澄子ほか数名の従業員を使用して池田洋服店という商号の下に洋服業を経営していたものであるが、原告は右経営事業の資金を捻出するために昭和三三年一〇月二〇日頃訴外労働金庫に対し本件六〇万円の融資の申込みをなしたところ、その際訴外労働金庫の係員から個人資格では融資を受けることができない旨の説明を受けたので、原告はあくまで右融資を受けるため、前記前田澄子ら従業員になんら相談することなく、又同人らにおいて労働組合を結成した事実がないのに他の労働組合の規約書を参考に、自己並びに前田澄子らを組合員とする池田洋服店従業員組合規約書(乙第一号証)なるものを作成し、これを訴外労働金庫に提出して同組合長名義で本件貸金の申込みをなしたこと、訴外労働金庫は右池田洋服店従業員組合規約書について、その実体をさして調査することなく同組合が実在し、労働金庫法第一一条第一項第一号所定の労働組合であり、労働金庫の会員たる資格を有するものと認めて同日同組合の組合長たる原告に対し本件金六〇万円の貸付をなし、同時に右債権を担保するため、原告をその保証人とし、かつ前述のとおり原告所有の本件不動産につき抵当権を設定したことが認められ、この認定を左右するに足る証拠がない。

右認定事実によれば訴外労働金庫は池田洋服店従業員組合に対し本件六〇万円の貸付けをなした取扱いをしているのであるが、右従業員組合が実在しないものであるから、結局右六〇万円の借受行為をなした原告がその債務者であるといわざるを得ない。

三、そうすると、訴外労働金庫は労働金庫法第五八条により会員外の者に対する資金の貸付を禁止されているのに、会員外の者であることの明らかな原告に対し本件六〇万円の貸付けをなしたことになるのであるけれども、しかし、そうであるからといつて、右貸付が直ちに右訴外労働金庫の業務目的の範囲外の行為として実体法上無効のものであるとすることができない。すなわち、民法第四三条は法人は定款または寄付行為によつて定まつた目的の範囲内で権利義務を取得しうる旨規定し、この規定は営利、非営利を問わず、すべての法人についての権利能力および行為能力を限定するものであるが、右の目的の範囲内ということは目的たる事業それ自体にかぎらずこれを達成するに適当な範囲の全般に亘るべきものと解するのを相当とするところ、訴外労働金庫の原告に対する貸付はこれにより同金庫の役員が労働金庫法所定の罰則を受けることのあるのは格別、前示認定した事実関係の下においては、同法第一条の目的とするところに照し、必ずしも訴外労働金庫本来の事業遂行に不適当なものであるとはいえないから、同金庫存立の目的の範囲外の行為ということができず、したがつて訴外労働金庫の行為として無効ではないといわなければならない(昭和三五年七月二七日最高裁判所第一小法廷判決最高民集一四巻一〇号一九一三頁参照)

四、そうだとすると、右金銭消費貸借を被担保債権とする本件抵当権は有効であり、右抵当権実行による競売手続によつて被告小野が本件不動産を競落したのであるから、同被告の前示所有権移転登記は有効というべきである。

しからば同被告に対し本件不動産の所有権移転登記の抹消登記手続を求める原告の請求は理由のないことが明らかであり、失当としてこれが棄却を免れない。

五、被告長尾が本件不動産中別紙目録表示の建物第二を占有していること、右占有は被告小野からの賃借権に基くものであることはいずれも当事者間に争いがない。

しかるところ、右建物の所有権が被告小野に帰属しているものであること前述のとおりである以上、被告長尾の右建物の占有は正当な権原に基くものであることはいうまでもない。

しからば被告長尾に対し右建物の明渡しを求める原告の請求も理由がないから失当として棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

別紙

目録

土地

岡山市上西川町七三番の五一

一、宅地   一九坪四合

建物第一

同所同番地

家屋番号同町八二番の四

一、木造かわらぶき二階建店舗 一棟

建坪   五坪七勺

二階   五坪七勺

建物第二

同所同番地

家屋番号同町八七番の一九

一、鉄筋鉄骨コンクリート造二階建居宅兼店舗 一棟

建坪   七坪三合

二階   七坪五合四勺

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